就職希望者が増え続けている近年。
その背景にあるものとは何か。
- 木下
- 今回のテーマは、「多様なキャリアデザインの支援」です。先生方のご意見を伺う前に、2024年度学部卒業生の進路状況についてふれておきます。卒業生172名のうち、就職希望者が81名、就職を希望しない者が91名。希望しない学生の中で進学が55名、その他が36名です。その他の中で22名が芸術活動、いわゆるアーティストを目指しています。この数字からもわかるように就職を希望しない学生が若干多いものの、ここ数年は就職希望者が増え続けているのが現状です。この数字について先生方がどのように受け止めているのかをお話しください。
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- 春田
- 芸大の学部生のキャリアは、芸術活動を職業と考え、企業への就職を希望しないというニーズが半数以上あることは当然だと思います。ただ、進学後の進路について考えた時、実際はすでに逆転している可能性もあり得ると感じました。
デザインとファインアート、分野によっては学生のキャリアに対する考え方も異なっているのではないでしょうか。それぞれの立場から感じていることを教えてください。
- 大﨑
- 春田先生の意見に私も同感です。進学を含めて考えれば、すでに逆転しています。個人的な意見を言わせてもらえば、「就職を希望する、しない」で分けてしまうことに違和感を覚えます。なぜなら、就職をしたのちに独立して芸術家として活動していく人もいれば、就職しながら創作活動を継続していく人もいます。一方、芸術家として活動したのちに就職する人もいます。つまり、「就職する、しない」は、あまり意味のある括り方ではないように思っています。
- 木下
- デザインとファインアート、分野によっては学生のキャリアに対する考え方も異なっているのではないでしょうか。それぞれの立場から感じていることを教えてください。
- 春田
- 今の学生の親御さん世代は、バブル崩壊や就職氷河期を経験しています。その影響もあってか、安定志向が強いというのが率直な感想です。私自身、他専攻も含めて学生の就職支援に関わる中で、自分の好きなことだけで生きていくというよりは、経済的な安心感を求める傾向があり、将来に向けて「やりたいこと」とのバランスを慎重に考えている様子がうかがえます。それは、私たちの世代の価値観とは、異なっている点だと思います。
安定志向の強さは、デザイン専攻の学生だけに限りません。ファインアート系、音楽学部の学生と話していても感じます。今は、好きなことをやり続けることが困難な時代なのかもしれません。それが、就職希望者が増え続けている要因になっているのではないでしょうか。
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- 大﨑
- 確かに油画専攻でも就職していく学生は多くなっていますが、私は春田先生と異なる印象を持っています。私の学生時代は、まさに就職氷河期でした。就職を希望してもできない時代です。今、同世代の親御さんの子どもが学生として入学しています。「自分たちは就職氷河期を経験した。だから、子どもには好きなことを続けられるように応援したい」という親御さんが多いように感じます。
私は、親の反対を押し切って芸術大学に入りました。昔と比べて今は、クリエイティブな職業が社会の中で可視化されていると感じています。そのようなこともあって今は、芸術の道、表現の道へ進むことに対する抵抗感は少なくなっているように思います。
- 春田
- 私が「安定志向」という言葉を用いた背景には、そうせざるを得ない学生の現状があると考えています。一つは、現在の大学生のうち、貸与型奨学金の受給率が5割を超えているという事実です。
多くの学生は、返済義務を抱えたまま社会に出ていかなければなりません。そうした現実を胸に秘めながら、自分が本当に夢中になれる仕事を模索しているのが、今の学生の姿だと思います。
だからこそ、教員一人ひとりが学生の思いに丁寧に耳を傾け、それぞれに応じたキャリアデザインの支援を考えていく必要があると感じています。
学生の思いに軸足を置いた支援のあり方を
「キャリアデザインセンター」の設立へ。
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- 木下
- では、実際に先生方がどのようなキャリアデザイン支援に取り組んでいるのか、どのように考えて進めているのかをお話しください。
- 春田
- 私が本学に着任した時、学生の中には「この大学では就職できない」という思い込みが蔓延していました。その時、「学生が本当に行きたい企業へ行けるようにしてあげたい」。そう思いました。
まず取り組んだことは、就職準備のためのガイダンスです。志望企業の選定やスケジュールの作成など、道筋を明確にすることで、学生の意識が少しずつ変化してきました。
結果、2024年度にデザイン専攻では、就職率100%を達成しました。自分がかつてそうであったように、学生にとって大学とは、「自分の夢を託せるかどうか」が重要なポイントです。「学生が夢を諦めなくてはいけない状況にだけはしたくない、彼らの描いているビジョンをかなえてあげたい」。そうした思いで取り組んできました。
私がキャリアデザインの支援で大切にしている姿勢は「学生本位」です。大手企業であろうが、地元の中小企業であろうが、デザインと関係ない職業であろうが構いません。それぞれのビジョンに対して学生が取り組んでいける支援を進めてきました。その姿勢は、これからも変わりません。
- 大﨑
- 私の担当する油画専攻では、芸術家、表現者を育てようというスタンスで取り組んでいますので、就職を前提とした指導は行っていません。
取り組みの一例としてここで紹介するのは、「芸術家になるにはどうしたらいいんですか?」とタイトルを付けたプロジェクトです。学生が考案したこの問いに対して、私自身、どう答えていいのかわかりません。だからこそ、このプロジェクトでは「芸術家とは何か」を起点にしながら、作品を創る人だけが芸術家ではないということも含め、学生たちと一緒に考えました。つまり、私のキャリアデザイン支援のあり方とは、学生と一緒に考えるというスタンスです。
ただ、このプロジェクトを通して感じたことは、限られた時間、予算の中では、教員一人の力では限界があることです。それは、痛切に感じました。
- 春田
- 私もキャリアデザイン支援を行いながら、大﨑先生と同じ思いを感じました。教員一人ひとりに頼ったキャリアデザイン支援は継続できません。大学に「キャリアデザインセンター」のような機能的組織をつくり、しっかり学生をサポートしていくことが求められていると思います。
- 木下
- 中期計画でも、「キャリアデザインセンター組織化」がストレッチ目標(挑戦的目標)に掲げられています。ぜひ、キャリアデザイン支援の組織化を実現したいと考えています。
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キャリアデザインとは自分らしい生き方の探求。
自己理解を深めることで可能性を引き出す。
- 木下
- これまで先生方の話を聞き、キャリアデザイン支援とは、一人ひとりのニーズに合わせたサポートであり、その人が自発的に考え、行動していくためのサポートが重要であると理解しました。そのために先生方が大切だと感じていることはありますか。
- 春田
- キャリアデザイン支援のキーワードは、「自己理解」だと考えています。なぜなら、多くの学生は「自分がやりたいことを、知っているようで実は知らない」からです。学生は、どうしても選択肢が限られ、仕事そのものへの理解も十分とは言えません。さらに、先輩の実績や、「演奏家」「芸術家」「デザイナーにならなければならない」といった周囲からの期待や無言の外圧にもさらされています。
例えば、イラストレーターを目指す学生がいるとします。その学生にとって、イラストレーターになること自体が目的なのか、それともイラストは自己実現のための手段なのか。そこを丁寧に問い直していきます。実際に、「なぜイラストレーターになりたいのですか」と問いかけると、「自分のイラストで人に喜んでもらいたいからです」という答えが返ってくることがあります。さらに、「なぜ喜んでもらいたいのですか」と問いを重ねていくと、最後には「人を幸せにしたい」という思いに行き着く場合もあります。
そうなると、その学生にとってのイラストレーションの意味は変わってきます。イラストを描くことそのものに限定せず、世の中をより幸せにするサービスに関わる仕事や、社会を支えるインフラを描く仕事など、キャリアの選択肢を広げて考えることもできるようになります。
このように、自分自身を深く掘り下げていくことで、これまで気づかなかったキャリアの可能性が見えてきます。「私は○○したい」という自分自身の意思に気づいてもらうことこそが、キャリアデザイン支援の本質だと考えています。
- 大﨑
- 春田先生の話のように、自己理解を深めることは、学生にとってたいへん重要です。学生は可能性に満ちあふれています。目の前には、広大なフィールドが広がっています。一つの道筋を教えるのではなく、型にはまった進路指導ではなく、長い視点でどう自分の人生をつくっていくのかを、学生とともに考えることを心がけてきました。
私は、芸術家の定義を広く捉えています。社会に対して新たな価値観を与える人は芸術家だという考え方です。それは、政治家でもあり得ます。医師や公務員かもしれません。仕事とは、クリエイティブな思考の中で、新しい価値を見出すことです。どんな場所、どんな立場、あるいは家庭の中でも、大学で磨いた創造力を活かす場面はあるに違いありません。
- 木下
- 最後に、これから取り組むべきこと、取り組んでいきたいことをお話しください。
- 春田
- まず、2026年度より「キャリア教育」が全学を対象とした教養科目として始動します。その狙いは、不確実な時代を生き抜くためのスキルとして、芸術で培った学びを社会で活かしていくことにあります。本学の強みである創造性教育によって磨かれた力を、「よりよく生きる力」へとつなげていきたいと考えています。私たちが支援できるのは、学生が本学で培った能力を、社会の中で発揮していくための手助けです。キャリア教育の充実に加え、個別支援の強化、そして学生の受け皿としてのキャリアデザインセンターの組織づくりなどを含め、中期計画として着実にやり遂げていきたいと考えています。
また、私が進めている「アントレプレナーシップ教育」では、「自己理解は創造への第一歩」であると提唱しています。さらに私は、「自己理解は社会との関わりでもある」という視点を学生に伝えてきました。私たちは社会の中で生きているからこそ、内面には必ず社会性が宿っています。自分らしさをどのように活かし、どのように社会と関わっていくのか。その問いに向き合うことが、キャリア形成にもアントレプレナーシップ教育にも共通して重要だと考えています。両者の相乗効果を生み出しながら、学生の成長を支援していきたいです。
- 大﨑
- キャリア支援に対する固定観念を変えてゆく、更新していくことが第一歩だと考えています。「こうしたら、こうなる」「こうなるためには、こうしなければいけない」という考えは、一つの側面にしかすぎません。すでに崩壊していると私は感じています。だからこそ、学生はもとより、大学も、過去の常識にとらわれすぎてはいけないのではないでしょうか。学生それぞれが自分らしいアプローチで、どうこの世界と向き合うのか。そうした多様性に柔軟に応える支援を推進していくべきだと思っています。
そもそも本学に求められているのは、創造的な思考、ビジョンを持つ人間を育て続けていくことだと考えています。大学で培った創造性を活かし、どういう生き方がしたいのか、どのように社会と関わっていくのか。それは学生自身が決めるべきことです。そのサポートを私なりに進めていこうと思っています。
- 木下
- キャリアデザイン支援が、本学の強みとなるように、まずは教職員が思いを共有し進めていかなければならないと改めて感じました。本日は、貴重なご意見をありがとうございました。