美術学部は各専攻の独自性を推進。
音楽学部は新カリキュラムが誕生。
- 木下
- 第四期中期計画では、「教育改革」を柱の一つと位置付け、「芸術大学にふさわしい特色ある授業科目の開発」を重点的計画に掲げています。こうした中、まずは両学部の先生から取り組みの現状についてお聞きしたいと思います。
- 森
- 美術学部には2学科7専攻があり、それぞれが独自に取り組みを進めています。私が所属するデザイン?工芸科では、「暮らし」や「社会」という共通キーワードのもとに、各専攻が独自の取り組みを行っています。例えば、デザイン専攻では、外部と積極的に関わることを目指した「社会連携プロジェクト」という課題を設定し、企業連携や社会のリサーチを行い、リアリティの高いデザイン提案に取り組んでいます。
美術科に関しては、例えば彫刻専攻では新彫刻棟のオープンとともに、2024年度からカリキュラムを大幅に変更しました。アトリエと各工房を自由自在に行き来できる施設を活かした授業を実施しており、一つの素材?技法を深く追求することに加え、さまざまな素材を複合的に組み合わせ、いくつかの技法が融合した創作研究が可能となりました。また、オープンスタジオを開催して学内外へ積極的に発信しています。
このように、それぞれの専攻が新しい授業を積極的に取り入れ、人材育成に取り組んでいます。
- 七條
- 音楽学部は、2026年度から新カリキュラムがスタートします。将来計画委員会で学部全体の課題を洗い出す中でカリキュラム改革の必要性が浮かび上がり、2023年度に音楽カリキュラム委員会が立ち上がりました。そこで、まずは新カリキュラムの理念について議論し、まとまったのが2本の柱です。一つは、「国際的に活躍できる人材の輩出を目指す」、もう一つが「音楽を通じて社会貢献、地域貢献を目指す」です。一つ目は、いわゆるトップアーティストの育成。本学ならではの少人数教育?レッスンのもとに取り組んできたことを、今後も継続していくという柱です。同時に、多様なキャリアに応えるための「社会貢献」「地域貢献」に結びつく科目を拡充することが二つ目の柱になります。
その理念のもと、新しい科目を開設します。例えば、声楽専攻の「声楽基礎演習」という科目です。この科目では、舞台表現のための基礎的な技術を、発音法や即興表現なども含めて幅広く学びます。また、弦楽器コースでは、「弦楽器指導法」が開設されます。演奏家でありながら、教育者、指導者として、社会と関わっていくためのノウハウを獲得するための授業です。
- 木下
- 美術学部では新カリキュラムを検討するという動きはありますか。
- 森
- 7つの専攻はそれぞれ、特徴や専門性があるため、基本的にはそれぞれの専攻が独自に企画しています。
ただ、美術全体を網羅する組織をつくるかはともかく、各専攻の先生方が意見交換をする機会はあった方が良いと考えています。そこで、それぞれの取り組みの良い点や特徴など、参考にできる気づきがあるかもしれません。現状は、先生が個別で話し合っている程度ですので、各専攻が集まって話し合う場はあってもいいかもしれません。
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両学部が連携した科目の強化へ。
学生交流を深めることが第一歩。
- 木下
- 中期計画の中には、「両学部にまたがった授業の開発」という目標もあります。現状、課題となっていることは何でしょうか。
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- 森
- 多くの先生方が、両学部がつながるべきと考えていると思いますが、難しい課題の一つが、音楽と美術それぞれの教育スタイルが根本的に違うことです。例えば、音楽では、基本的に個人レッスン形式の授業があり、その他の時間で各自が練習し、またオーケストラのように専攻やコースを越えて共同で取り組む授業もあります。美術では、どの専攻も午前中の2コマを使って学生がまとまって授業を受け、それ以外の時間にそれぞれの創作活動を行います。学びのために必要な時間の使い方が違うため、両学部の間でカリキュラムの調整を進めることが困難になっています。
現在は、大学オペラ公演、メディア映像と作曲、陶磁と作曲など、できるところから取り組みはじめているという段階です。
- 七條
- 私は、新たに2026年度からスタートする「美術論」「音楽論」の授業が、相互理解を深めるきっかけになると思っています。
音楽の側からすると、美術の展覧会に行くことに敷居が高いと感じてしまうことがあります。美術の学生も同じで、コンサートに行くことに敷居が高いと感じているのではないでしょうか。
- 森
- 確かにその敷居は、私が学生の頃からありました。当時、私は寮生活をしていたこともあり、おかげで音楽を学ぶ友人がたくさんできました。そのような些細なきっかけがあるだけでも、敷居は下がります。美術論や音楽論の授業が、そのきっかけになることを期待します。
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- 七條
- 私も同感です。個々の学生や教員の交流がもっと活発になれば、連携もしやすくなると思います。
- 木下
- 今、お話のあった美術論、音楽論の授業は、どのような内容を検討されていますか。
- 森
- 美術論は、各専攻で分担し、担当することになっています。先生方の作品を紹介する専攻、総合的にその分野の説明をする専攻など、それぞれ個性ある内容になるのではないかと思います。例えば、メディア映像専攻では、5つのジャンルすべてを細かく説明できないので、それらが総合的に社会の中でどのように取り扱われているかを紹介しながら、具体的な作品例を見せるという感じで考えています。
- 七條
- 音楽論は、まず「音楽を聴く」とはどういうことかをイントロダクションとして取り入れます。普段、美術学部の学生は、音楽を集中して聴く、一部に注目して聴くということを意識しないかもしれません。そこで、能動的に聴くこと、聴く時のポイントなどを説明する予定です。その上で、各専攻?コースの先生方が、専門分野について話を進めていきます。ここでいう「音楽」とは、「西洋クラシック音楽」のイメージがあるかもしれませんが、それだけではなく、幅広く「音楽とは何か」「表現とは何か」を講義してくださる先生もいると思います。先生方が、最先端の取り組みについて話してくださるので、面白い授業になるのではないでしょうか。
- 木下
- こうした授業をきっかけに両学部の学生間交流、相互理解が深まっていくことを私も期待しています。
学生の思いを尊重した改革の強化。
「柔軟性」が重要なキーワード。
- 木下
- ここで教育改革を強化していくということについて伺います。今後、どのように取り組んでいきたいのか、こういう改革を進めていきたいという考えがあれば教えてください。
- 森
- まずは、「学生をいちばん尊重すべき」と考えます。つまり、学生の考え方、価値観を大切にすることです。そもそもカリキュラムは、教員たちが学んできた過去の経験をもとに形成されています。ですが、それが今の学生にフィットしない瞬間が、必ずあります。それに気づいた時、どれだけしなやかに変更できるか。ここは敏感でなければいけないと思っています。
例えば、メディア映像分野の場合は、技術や価値について、特に移り変わりが早い。それを見誤ると古い価値観を学生に押し付けることになります。例えば、「ゲーム」という言葉に対しての捉え方は、私たちと学生では違います。以前、学生と話した時、「ゲームで泣きました」という言葉があったのです。それを聞いて「えっ、それはどんな感覚?」というのが私の率直な感想でした。そこで、やり方を学生から教えてもらいながら、実際にゲームを体験してみました。それはまさに「ドラマを見たような感じ」でした。そこで理解できたことは、学生と私たちの育ってきた素地の違いです。そこを理解し、見誤らないように拾っていかないと、学生たちが発信する新しいものに対して正しく指導できないと感じました。今後、最先端な社会に挑んでいく学生たちをどうアシストできるのか、そこにどう柔軟に対応していくのか、そこを目指していかなければいけないと考えています。
- 七條
- 今、森先生から話のあった「柔軟な対応」は、私もたいへん重要だと思っています。私の所属する音楽学コースでは、伝統的なテーマとして西洋音楽史の作品研究があります。一方で近年の学生は、ゲームやテレビ番組の音楽、地域で実践される芸能などをテーマに選ぶ傾向があります。つまり、これまで「音楽学」の研究対象と見なされなかったものを研究したい学生が増えてきたということです。私たちは、それを否定することは絶対にありません。その対象をどうすれば学問的に捉えることができるのか。その方法を教えていくことが重要だと考えています。「好きだから」「興味があるから」では終わらせない、学問的、批判的に思考する力を、どう育てていくかが私たちに問われるのだと思っています。
カリキュラム関連で今後、進めていきたいことの一つは、大学院博士前期課程の改革です。今回のカリキュラム改革は学部のみが対象で、大学院には着手できませんでした。一方で博士後期課程では、博士論文を書き上げるための体制づくりが整いつつあります。しかし、博士前期課程では実技の教育はかなり充実していますが、実技系の大学院生が論文を書く意味付けがしっかりなされているとは言えません。博士前期課程、ひいては学部から、音楽や芸術を学問的に捉えていく準備体制があっても良いのではないでしょうか。もちろん、全員がドクターを目指すわけではありませんが、学部から博士後期課程までつながっていく道筋があると良いのではないかと思います。
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「言語化能力」が求められる時代へ。
感性だけに頼らないアプローチを。
- 木下
- 最後に「人材育成」について伺います。本学の教育を通して、どのような人材を育成したいのか、どのような能力を身につけてほしいのか。その点について語っていただけますか。
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- 森
- 私たちは、自分で考え、アウトプットしなければいけません。「これが楽しい」「これが好き」という抽象的、感覚的なところから入るけれど、表現したい作品の意図や狙い、価値について「言語化」できなければいけないと考えています。「何となく」とか、「いい感じでできた」では表現としては弱いのです。つまり、抽象的な思考を言語化した上で、そこから新しいアプローチを打ち出せる人です。
今、AIが注目され、ますます人間が考えなくなってくる未来が予想されます。その一方で、授業の中では既にAIを活用しています。それを正しく使いこなすことは必要です。自分のしたいことを言語化し、AIを駆使して作業を効率化し、余力を発想やオリジナリティを生み出すのに使う。いちばん重要なことは、オリジナルな価値を責任を持ってアウトプットすること。それが社会にとって有用であると説明できれば、芸術の価値はもっと高くなります。こうした人材がこれからは必要とされるに違いありません。
- 七條
- 音楽に関して言えば、生身の人間が音楽を生み出す価値はどこにあるのか。そこに答えがあると思います。ただ演奏するだけであれば、優れた音源でも代用できるとなってしまいます。そう考えた時、森先生の言葉にもあった「言語化能力」がすごく重要だと感じています。
「なぜ私が目の前の人のために演奏する必然性があるのか」。それを自分の言葉で伝えられる音楽家、一方でそれができない音楽家という差別化が進んでいくのではないでしょうか。先ほど、学部と大学院の連携について話したように、言葉の能力を鍛えることが大切だと思います。理論系の分野だけでなく、表現の分野においても言語化する能力が求められている時代になっていると感じます。
- 森
- 私は、作品というものは言葉が骨になっていて、そこに肉としてニュアンスという抽象的な要素が加わって初めて、表現になるという気がします。例えば、音楽を生で演奏する意味は、人間が人間だから起こる感情がそこに乗って、第六感的なところを揺さぶるところにあると思っています。8割は言語でロジカルに説明できますが、それは基礎の基礎。最後に「よかった」と言わせるのは、その相手に思いを届けるんだという熱量、先ほど話したニュアンスという部分です。それは、美術も音楽も関係なく、表現でしか伝えられないものです。結局、人の心を揺さぶるのは、表現者のこの最後の一押し。それは、どんなに最先端の機器を使っても成し得ないもので、伝統的な芸術教育の中で培われるものだと信じています。
- 木下
- 先生方の話を聞き、「言語化する能力」の重要性を改めて感じました。それが、本学にふさわしい教育の根底にあり、優れた人材の輩出につなげていくことが重要だと思います。本日は、ありがとうございました。